2016/04/30

応急危険度判定の性格について

 熊本県などでの一連の地震で応急危険度判定により「危険」と判断された件数が1万2千件を超えたとの報道。改めて今回の災害の大きさに驚き、現地の被災された方へは謹んでお見舞い申し上げます。

Img_3905_1024x768_3 今回の災害を報ずるニュースでもたびたび耳にすることが多い応急危険度判定。平時では耳慣れない言葉ですが、予想される東海地震を抱える当地域にお住いの皆様にはぜひこの応急危険度判定の性格を予め理解して頂きたいと思います。

 この判定は、被災した家屋の余震等による倒壊、または部材の落下等から生ずる二次災害を防止するために行うものです。我々建築士有資格者や行政従事者のうち、一定の講習を受けたものが判定士として定められ、被災建築物で基準に定められた調査を行い、対象建築物等の危険度を「危険(赤)」「要注意(黄)」「調査済(緑)」のいづれかに判定し、所定の判定ステッカーを認識しやすい場所に掲示します。今回この調査により「危険」がこれまで以上に多く、一部報道によると今回の被災住民一部にこの判定への困惑や混乱が生じているとされていますここで皆様に知って頂きたいのは、この調査結果はあくまで緊急時のトリアージ要素が強く、所有者や使用者への可及的判断材料として提供されるものであり、その使用を制限するものではないということです。

Dscn1991_1024x768_2 この判定は凡そ1チーム(2人で1組)あたり一日で15~20件を調査するため時間的制約が課せられます。具体的には①周りの建物や地盤→②建物本体下部の地盤→③建物の傾き→④構造部材の座屈や損傷、腐食の調査、以上4つの手順で建物の危険度を、また屋根材、窓、ガラス、外装材、看板、機器類等による落下や部材の転倒の危険度を、それぞれ各項ごとに3段階の評価をして、その総合評点により先に述べた危険度(色分け)を判定します。応急的判定により場合によっては、その後に来るかもしれない余震の度合いにより「緑」と言えども必ずしも安全は言い切れず、あるいは建物本体は安全であるにも関わらず装飾部材によって危険と見なされ、それさえ除けばその後使用できるケースもあります。地震直後の短期間に多くの建物の判定を行わなければならない「緊急性」と、限られた調査項目で判定を行うことから、後に十分な時間をかけて被害調査を行った場合には、判定結果が異なる場合もあるという「暫定性」の二つの側面があるということをご理解ください

 もし被災された場合は「①今回のように余震が継続する場合は判定如何に関わらず極力建物内、特に木造家屋には留まらない。(余震の継続予測については気象庁の発表に注視してください。)」「②危険度判定は応急的なものであるため、その後の使用には専門家の判断を仰ぐ」ことを心がけてください。

2011/05/27

被災地を訪問して

24日(火)~25日(水)の二日間、茨城県北部~福島県いわき市の被災状況を視察してまいりました。

 

原発事故でクローズアップされることが多いこの福島県南部地域。岩手宮城で報道されているようなS造躯体をなぎ倒す大津波のパワーによる被災ははないにせよ、3mを越す津波が多くの沿岸部を襲っている。またこの地域は今回の連動地震により、被災地に中でも最も長時間の揺れが記録(震度4以上の時間が3分10秒)されている。また震災翌日の12日にも6弱の余震を受けるなど、長時間の揺れが、建物にどう影響しているのかが今回の目的のひとつだった。(ちなみに私が滞在してた5/25日未明にも5弱の余震があった。)

街の状況は、内陸部は建物の被害を除いて、インフラも復旧されており通常の生活が出来ているようであったが、観光産業も盛んないわき市において、他地域のナンバー車両はほとんど目に付かず、経済は大きな打撃を受けているようであった。

津波の被災を受けた沿岸部の各集落は、瓦礫の撤去は進んでいるようだが、半壊家屋の処理等、まだまだ復興には程遠いようだ。北関東や東北の玄関の地でも、こんなにも多くの被災が、震災後2ヵ月半経ったいまだに残る、想像を超える惨憺たる現状に言葉を失った。

 

今回は一建築士として、当該区域における

1.住宅家屋(主に木造家屋)の揺れに対しての状況

2.住宅家屋(主に木造家屋)の3m(1階浸水程度)規模の津波に対する影響

3.防波堤・防潮堤の有無による、集落の被災の差

4.沿岸部埋立地・河川隣接地における液状化の影響

を視察した。レポートは追ってブログにアップしたいと考えているが、技術者として今までの価値観を大きく変える体験だった。

今回の震災により被災された多くの皆様には心よりお見舞い申し上げると共に、犠牲になられた多くの皆様には心より哀悼の意を申し上げます。ひとりの技術者として、また市政に携わるものとして、今回の被災、そして犠牲を、同じく巨大地震の可能性を抱えるこの下田の未来にしっかりと生かしていかなければならないことを痛感した3日間でした。

2008/07/23

例年なら・・・

 JIBT国際かじき釣り大会の開催前は、この大会に併せて行われる「マリンフェスタ下田」の準備に奮闘していましたが、今年はちょっと違うところで奮闘していました。

 ベイステージ下田の4階に、このほど「JIBTかじきミュージアム」がオープン。21日には華々しくオープニングセレモニーが執り行なわれ、ローカル新聞でも紹介されましたが、実はこの準備に懸かりきりでした。

オープニングセレモニーの様子(動画)

 設計のプロとして、また地元のかじきサポートクラブの担当者として、このオープンに漕ぎ付くまで紆余曲折ありましたが、クライアントであるJGFA側の総指揮をして頂いたデザイナー、和田夫妻の元で、本当に貴重な体験をさせていただきました。

 各業者への残務もあり、まだまだ作業も残っておりますが、皆さんにご高評頂いたこのプロジェクトに参加できたことに心から感謝いたします。

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